セミリタイアするまでにしたこと


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セミリアイアして1年が経過したので、過去を振り返ってみました。

こんにちは。あだじょぱです。

セミリタイアして、なんだかんだ言いながら、北海道の各地を観光したり、美味しいものを食べたりしながら、家族でのんびりと自由に暮らしています。

 

毎日、早朝から満員電車での通勤をされている社畜の皆さんの中に、会社を辞めてアーリーリタイアしたいと思っている人はいないでしょうか?

 

しかしながら、何も考えずに会社を辞めると、結局はお金の問題に直面し、働かなければならなくなり、新たな企業へ転職して同じことを繰り返すかもしれません。

 

そこで、しっかりとした準備をして辞めるのが理想ですが、退職後に暮らして行けるだけの資金を用意するのが大変で、養わなければならない家族が多ければ多いほど大変になります。

 

社会人になってからセミリタイアに到るまでの流れを振り返ってみました。

 

 

ブラック企業への就職

 

当時は、ブラック企業なんて言葉すら無かったと思いますが、残業時間が月150時間を越えるのが当たり前のような企業に就職し、軍隊のような研修を経験しました。

新人研修は、山奥に連れて行かれ、早朝からランニングなど体育会系の内容で、上司から愛のビンタを受けることもありました。

正直、今現在もこの研修が役に立ったと思うことはありません。

 

仕事は、現場監督として特殊な建築現場で職人さんを管理するという内容。

もちろん新人ですから、いきなり管理者として現場に入ることは無く、上司が管理責任者として行く現場にサブとして入るような感じでした。

 

職人さんは定時きっかりで現場を離れますが、現場を管理する側は現場が終わってからも事務処理や他にする事も沢山あるので、仕事が完全に終わるのは深夜でした。

更に新人であった為、上司に雑用も任され朝は誰よりも早く現場に入らなければならず、労働時間だけなら新人が1番長かったと思います。

 

学生時代から一人暮らしをしていましたが、本格的に地元を離れて暮らしてみたいという思いから勤務地は九州方面を希望していましたが叶わず、関東での勤務となっていました。

 

就職先の企業には社員寮があったので、寮生活をすることになりましたが、一般的な賃貸住宅で暮らすよりも安く住めるので、出費を抑える事が出来たのと、地元を離れたことで遊びに行く機会も少なくなって出費自体が少なくなりました。

 

更に出張する事も多く、旅館に泊まり込みで数ヶ月を過ごす仕事ばかりで、早朝から深夜まで労働していましたから、遊べる時間なんて殆ど無かったんです。

気がつけば、結構な貯金がありました。

 

ですが、仕事自体が辛く、疲弊しているのは感じていました。

学生時代に体育会系の部活を経験し、スポーツに打ち込んでいた時期があったので、体力には自信がありましたが、長くは耐えられませんでした。

この時期の経験が、サラリーマンへの抵抗のような感情を生み出したような気がします。

 

 

アルバイト生活はじまる!

 

会社を辞めて、1度地元へ戻ることにしました。

しかし、実家へ戻るのは抵抗があったのと、お金だけは貯まっていたので、一人暮らしをすべく賃貸マンションを契約しました。

地元へ戻ったことで、それまで疎遠になっていた友人たちと会う機会が増え、ギターを弾いていた事もあって社会人バンドを結成して、ライブ活動をしたりと自由に生きていた時期です。

 

会社を辞めた直後でしたが、自分の進むべき道が見えず、とりあえずでアルバイトをしながら暮らしていましたが、時給の高いアルバイトで人手不足だった事もあり、サラリーマン時代と変わらないような収入がありました。

その大半がバンド活動で消えていましたが・・。

 

バイトで知り合った人と旅行へ行ったり、飲みに行ったりと充実した日々でしたが、それまで殆ど使うことの無かったお金を結構使っちゃいました。

この生活の中で、自由に生きる事が出来れば良いのにという気持ちが芽生えていました。

この頃は若かった事もあり、勢いもあったので、当時付き合っていた彼女と同棲を始め、遂には1度目の結婚を経験しました。

 

 

結婚しました!でも離婚へ

 

結婚すると決めた時点で、それまでの遊び人生活にピリオドを打ち、社会復帰する道を選択しました。

地元大阪で再就職を果たし、働き始めましたが、会社の方針で、突如24時間体制の勤務がスタートした頃から、激務が始まり、夫婦関係が次第に悪化するという事態。

既にバンドは解散し、仕事に専念する環境が整っていましたが、自宅に帰る時間が殆どない時期もあったのは確かです。

だからと言って、不倫していたワケでもなかったのですが、夫婦喧嘩になる事も多かったです。

結局、短い結婚生活が終焉を迎えることになりました。

 

その後、絶望感から、この会社を退職し転職しました。

この頃には、自分の中にサラリーマンに対する抵抗のような気持ちが芽生えていましたが、生活の為に転職の道を選び、3度目の会社で、いよいよ北海道勤務を言い渡され、札幌に住むことになりました。

 

 

結構貧困だと気がついた時期

 

さすがに転職直後は、給料も少なくて困りました。

それなのに北海道移住と共に再婚してしまいました。無計画。

やがて子供が生まれ、給料は据え置きという家計圧迫問題が勃発し、休日返上で働く日々がスタート。

普通に暮らすのがやっとという感じでしたが、貯蓄を切り崩すのが嫌で焦っていました。

 

仕事に打ち込む日が続き、気がつけば、すっかり社畜のベテラン勢となっていました。

そうなると、役職が与えられ、ある程度のポジションになると転勤族になるという流れに逆らえず、辞令に従い各地を転々。

 

この時期は、非常に忙しかったので、朝食は無し、昼食はカロリーメイトみたいな日も多く、出費も少なくなっていました。

飲む機会も取引先の方との会食が多く、会社の経費で接待したりされたりという状況だったので、自分の懐から出るお金は殆ど無かったと思います。

管理職としてのポジションになっていた事も影響して給料も増え、再婚当初に感じた貧困さは感じなくなっていました。

 

 

不動産投資

 

今でこそ不動産収入という不労所得で生活していますが、当時は労働こそ全ての収入源であり、働くことを辞めるのは、生活が出来なくなることを意味していました。

もう洗脳されたように働いていたような気がします。

そんなある時、不動産関連の会社を起業していた知人から不動産投資についての話を持ちかけられる事がありました。

企業で、そこそこのポジションになるとそういう話が巡って来るんだなと思うくらいで、高額な不動産には興味も無く、話を聞くだけで特に気にもとめていませんでした。

 

数年が経過し、次第に仕事に嫌気がさしてきた頃、そろそろ会社を辞めてセミリタイアも考え始めていました。

そんなタイミングで、再び知人から連絡があり、会社をたたむので物件を安値で購入しないか?という話があり、交渉の末、ローン無しで購入できる額になったので、賃貸収入用の物件を購入することにしました。

 

 

最後に

 

個人的に仕事が嫌いで、楽して暮らしたいという考えではありません。

ですので、頼まれたら今でも働くことはありますし、時間の余裕はたっぷりあるので、暇だと思えば働くかもしれません。

 

セミリタイアに至る経緯で、アルバイト生活をしていた頃は、セミリタイアを考えていたというよりは、ただ会社員としてでは無く、起業したり他の道で自由を手に入れたいと思っていました。

そんな考えを持ちながらも、仕事自体は手を抜くことなく、年功序列の日本企業の流れに沿って、役職の階段を登った結果と、出費を削って得た貯蓄を元手に不動産投資を行ったのです。

 

そこには、不動産関連の会社を起業していた知人との縁もありました。

そして、やっぱり資金、お金が無いと出来なかっただろうと思います。

それであれば、ずっとサラリーマンを続ける方が簡単な道なのかもしれないと今は思います。


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ABOUTこの記事をかいた人

大阪から札幌への移住者。二度の移住でトータル15年ほど。 会社は早期退職。仕事やプライベートで北海道全域を走破。 趣味はGuitarとCamera。どちらも未熟である。  HM/HRと綺麗な素敵レデーをこよなく愛す。怪しい者ではない。